第2次岸田改造内閣の、内閣府特命担当大臣に任命されている「高市早苗(たかいちさなえ)」さん。
数年前に岸田首相と総理大臣の席を争った、実力派の女性政治家です。
そんな高市早苗さんは、現在大臣の座について、知的財産戦略 ・科学技術政策 ・宇宙政策 ・経済安全保障などに取り組んでいます。そんな彼女の学歴(中学・高校・大学)をまとめました。また、それとあわせて生年月日や年齢、出身、血液型などのプロフィール情報も調査しました!
高市早苗議員の学歴(中学・高校・大学)
【最近の動き】(11月23日)
2016年11月23日(水・祝)、高市早苗総務大臣が本学附属中等教育学校に来校し、小学生向けのプログラミング講座を視察しました。
高市大臣ぶら下がり会見の様子はこちら(総務省HPより)→https://t.co/r7PoSmLpMZ pic.twitter.com/tSmTZZU5kq— 〈国立〉奈良女子大学 (@NaraWomensUniv) November 30, 2016
実際に高市早苗さんの学歴を調べてみた結果がこちらです。
高市早苗さんの学歴
学校 | 学校名 |
中学校 | 橿原市立畝傍中学校 |
高校 | 奈良県立畝傍高等学校 |
大学 | 神戸大学 |
高市早苗さんの学生時代は非常にユニークなものでした。バイクにドラムにバンドにバイト!のような一見不良?のような路線で自身の個性をいかんなく発揮をしていました。
その破天荒ぶりが今の政治家高市早苗を支える原動力になっていることは間違いないでしょう。では、それぞれの学校について場所や偏差値など細かい情報を確認していきましょう!
高市早苗さんが卒業した中学校『橿原市立畝傍中学校』
高市早苗さんが実際に通っていた中学校は『橿原市立畝傍(うねび)中学校』です。
高校名 | 奈良県立畝傍中学校 |
住所 | 奈良県橿原市石川町204 |
電話 | 0744-27-1444 |
設立 | 1947年4月22日 |
偏差値 | – |
高市早苗さんが通っていた中学校は、奈良県立畝傍中学校です。
公立のごく普通の中学校でしたが、当時の高市早苗さんは非常によく勉強をする女の子だったようです。常に第一志望にこだわり挑戦する姿勢は、すでにこの頃から養われていたのかもしれません。
自分に妥協することなく勉強をして、次に紹介をする難関高校に合格を果たしています。
高市早苗さんが卒業した高校『奈良県立畝傍高等学校』
高市早苗さんが実際に通っていた高校は『奈良県立畝傍高等学校』です。
高校名 | 奈良県立畝傍高等学校 |
住所 | 奈良県橿原市 八木町3-13-2 |
電話 | 0744-22-5321 |
設立 | 1896年 |
偏差値 | 69 |
高市早苗さんが通っていた奈良県立畝傍(うねび)高等学校の偏差値は「69」。非常に優秀な公立高校に通っていました。学校の外観からしても、おしゃれで歴史と伝統を感じますよね!
もちろん在学中も勉強に励んで励んで・・と思いきや、この高校時代には初の「彼氏」ができたようです。そうしたら諸突猛進タイプの高市早苗さんはもう彼氏の夢中になってしまいます。「彼氏とずっと一緒に二人でいたくて・・」と授業はサボり、宿題はそっちのけ、成績はがた落ちだったといいます。
更には当時学校では禁止だったバイク通学もしていたようで・・これだけ聞くと少し非行というか不良の一歩手前だったのかな、と感じてしまいます。当然バイトもやり始め、自身でお金を稼ぐ尊さも学んだ高校時代。
偏差値が高い学校なだけに、これだけの変わった生活をしていた高市早苗さんはきっと異色な存在であったに違いありません。ただそれでも高校3年生のころには上手にそのスイッチを切り替えて、大学受験にはきっちりと軌道修正をされたようです。このあたりの効率のよさも政治家としては大事ですよね。
この学校を卒業した有名人を確認してみましょう。
奈良県立畝傍高等学校卒の有名人
・奥野誠亮(元法務大臣・元文部大臣・元国土庁長官)
・吉川元偉(国連大使)
・新谷寅三郎(元運輸大臣・元郵政大臣)
・杉本倫治(元プロサッカー選手)
・西川善文(元日本郵政株式会社社長・元三井住友銀行頭取)
・梅本由紀(元プロ野球選手)
・麿赤児(俳優・演出家)
・尾下順治(アクセルマーク 代表取締役社長)
・辻本 憲三(株式会社カプコンCEO)
・藤田浩之(クオリティー・エレクトロダイナミクス(QED)社長兼CEO)
大臣クラスの政治家や、会社の社長、さらにはプロ野球選手に至るまで様々な有名人を輩出している学校であることが分かります。当然この有名人リストには「高市早苗」の文字も神々しく載ってきます。
高市早苗さんが卒業した大学『神戸大学』
高市早苗さんは奈良県立畝傍高等学校で3年間を過ごしたのち『神戸大学』へと進学します。
大学名 | 神戸大学 |
学部学科 | 経営学部経営学科 |
住所 | 兵庫県神戸市灘区 六甲台町2-1 |
電話 | 078-803-7245 |
偏差値 | 60.0 – 62.5 |
この神戸大学で高市早苗さんが選んだ学部は「経営学部経営学科」です。経営を専攻するに至った理由に関しては不明ですが、この頃の入学当初はまだ政治家を目指すというわけではなかったようです。ちなみにここの偏差値は「60.0 – 62.5」となかなかに高いレベル。
この神戸大学では物凄く勉強をして就職のためにさぞかしがんばったのではないか・・と思いますが、そこはさすが高市早苗さん。ここでも一筋縄行かぬ変わった路線をチョイスします。
まずは「軽音楽部」に所属して、そこでの楽器はドラムスを担当。更にやっていた楽曲はヘヴィメタル!ヘヴィメタバンドのドラマーだったというわけです。しかも当時好きだったバンドはXJapanやデーモン小暮の聖飢魔Ⅱというから驚きです。今は政治家として奮闘する高市早苗さんが、当時YOSHIKIやライデン湯澤殿下のドラムをコピーしていたのかと思うと、なんだか凄みが増してきます。
そしてバンドマンの乗り物といえばバイク!ということで高市早苗さんが当時乗り回していたのは、カワサキの『Z400GP』。今では絶版状態の名車という噂のこの単車で路上を駆け回っており、当時の愛読書は「バリバリ伝説」。もうこれは「頭文字(イニシャル)D」のバイク版の漫画で、その内容はタイトルの通りです。
こんな自由奔放な大学時代を過ごしていた高市早苗さんですが、締めるときは締める!ということで大学4年生の時にはしっかりと就職先の内定を決めてきます。
ところがどっこい大学4年の夏に出会った松下幸之助さんの眼光が忘れられず・・内定先を蹴って最終的には松下政経塾に進むことに方向転換!ここのあたりもさすが高市早苗!といった感じです。笑
高市早苗議員のプロフィール(出身・生年月日・血液型など)
高市早苗さんを、漢字一文字で表して下さい😀
複数回答ありです。
『 』
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それでは最後に高市早苗さんのプロフィール情報をまとめたものをご紹介します。
名前 | 高市早苗 |
よみ | たかいちさなえ |
生年月日 | 1961年3月7日 |
年齢 | 62歳(2023年4月現在) |
出身 | 奈良県 |
小学校 | あやめ池小学校 →橿原市立畝傍南小学校 |
中学校 | 橿原市立畝傍中学校 |
高校 | 奈良県立畝傍高等学校 |
大学 | 神戸大学 経営学部経営学科 |
政党 | 自由民主党 (町村派→無派閥) |
選挙区 | 奈良2区 |
称号 | 経営学士 |
前職 | テレビキャスター |
趣味 | スキューバダイビング 楽器演奏 野球や武道の観戦 |
好き | たらこご飯 コロッケ・豚まん |
大切 | 国家観・信念 |
大臣 | 内閣府特命担当大臣 ・知的財産戦略 ・科学技術政策 ・宇宙政策 ・経済安全保障 |
尊敬 | 松下幸之助 両親 |
座右の銘 | 高い志 広い眼 深い心 |
血液型 | A型 |
高市早苗さんは1961年3月7日の生まれで62歳(2023年4月現在)になられます。でも見た目が凄く若いですよね、とても60歳を過ぎているようには見えません。
奈良県の出身の血液型はA型で、前職はテレビキャスターであった時代もありました。大橋巨泉さんの番組にも出演してこともあり、その知名度はぐんぐん上昇。その流れで32歳で選挙に出馬し見事当選、政治家へと転身したのです。
なんだかこのシナリオなども高市早苗さん自身がもともと描いていたものではないのかと考えると、その用意周到さとそれを実現する行動力に感服する思いです。
好きな食べ物はずいぶんかわいらしいですよね、「たらこご飯」をあげるところなんてザ・女子といった感じで非常に好感が持てます。コロッケや豚まんも非常に庶民的な食べ物で親近感がわきます。
これまで破天荒なことをしてきた女性ですが、だからこそ面白い。こんな人が総理大臣になったらどうなるのだろ・・と考えてみますが、想像がつきません。ただ東京都知事の小池百合子さんのような実行力のある政を展開してくれる、そんな淡い期待を抱いてしまいますよね。
お嬢様な高市早苗議員の学歴まとめ
今回は第2次岸田改造内閣の、内閣府特命担当大臣「高市早苗」さんの、中学・高校・大学に渡る学歴情報から、出身・生年月日などの基本プロフィールを紹介しました。
高市早苗さんの学歴
- 中学:橿原市立畝傍中学校 偏差値ー
- 高校:奈良県立畝傍高等学校 偏差値69
- 大学:神戸大学 偏差値60.0 – 62.5
一言でいえば高市早苗さんの学生時代は「非常にユニークで破天荒なもの」であったと言わざるを得ません。ただその一貫性にはブレがなく、自身が選んできた道をそのまま歩んできたといった印象が強いため、逆にすがすがしいような印象があります。
まだまだ政治家として活動していくであろう高市早苗さん。こうした過去のエピソードを知ると、より一層応援したくなりますよね。
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